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なんとなく、話しを逸らされてしまった。 「あ、これうまいですねぇ。」 カカシ先生が茄子のはさみ揚げを食べてそう言った。これくらいなら俺でも作れそうだけどな。寂しい一人暮らしだが俺は料理が趣味と言ってもいい程だった。俺の家の本棚は授業に使う学習書、忍術の巻物以外に料理本があるくらいなのだ。 「えーと、俺のことが知りたいんでしたね。」 カカシ先生がにこりと笑った。あ、そう言えば口布を外している。やっぱりかなりかっこいい部類だな。額宛てはしているけど、表情がよく見えるし。けどあんまり衝撃的なものは感じないなあ。ナルトなんて素顔が見たいのに全然見せてもらえないってばよっ、と地団駄踏んで悔しがってたのに。 「簡単に経歴から言いますと、6歳で中忍になりまして、10代で暗部に入りました。それからずっと暗部に在籍して、最近下忍を合格させて上忍師になりました。ま、こんなところですかね。」 うん、確かにカカシ先生の情報だ。だが、そうじゃなくて、俺の知りたいのはもっと個人的な深い所なんだけどなあ。 「あの、カカシ先生、」 「はい?」 「ご趣味は、」 言ってから俺は自分の失言に気が付いた。うわっ、俺なに聞いてんだよっ、これじゃあまるでお見合いの席にいるみたいじゃないかっ。うわー、もう、カカシ先生も何か困っているみたいだし、俺、ほんと場を盛り上げるの、下手って言うか、最悪だ...。 「えーと、趣味は読書ですかね。他は、生き物の生態観察、でしょうか。」 至って普通に返事をしてくれてほっとした。しかしなかなか高尚な趣味をお持ちのようだ。 「どんな本を読むんですか?」 カカシ先生は少し考えているようだ。ああ、そうだよな、そんなぽんぽん本の題名なんて浮かんでこないよなあ。 「えーと、恥ずかしながら恋愛ものをよく読みます。」 意外だ、カカシ先生の口から恋愛ものとか出てくるとは思わなかった。でもまあ、人の趣味なんてそんなもんだよな、俺がとやかく言う権利はないし、しかし意外だ。 「なんか俺ばっかり不公平ですよ。イルカ先生の趣味も聞かせて下さい。」 カカシ先生はそう言ってぐいっとグラスの酒を飲み干した。即座におかわりを頼んでいる。なんかピッチ早くないか?上忍なんてこんなもんなのか? 「そうですね、趣味は、料理ですかね。男のくせになんだか所帯じみてますけど。」 俺は豚の角煮にからしを乗せて食った。こういう手の込んだ料理はあまり作らないけどね。 「それはうらやましいですね。俺は料理が苦手なもので、ほんと、人の食えるようなものできないんですよ。」 心なしかカカシ先生がしゅんとしている。まるで怒られた子どものようだ。そんな、料理ができないこと位で落ち込まなくてもいいだろうに、なんか可愛い人だなあ。料理ができなくたってカカシ先生は立派な上忍だし、誰に迷惑をかけることもないのに。 「イルカ先生、あの、」 「はい?」 「今日の中忍選抜試験、召集時のことですが、」 ああ、来たかと思った。まあ、あそこまで激突したんだから話しが来ない方がかえっておかしいとは思ったが、極力そっちに会話が向かないようにしていたのになあ。 「俺、確かに後半は、その、言い過ぎました。けど、やつらを試験に出したいと思ったのは、本当にあいつらの実力がそうできると信じたからで、決して忍びの道を閉ざしてしまおうとか、戯れに思って推薦したわけじゃないです。だから、」 と、カカシ先生は口を噤んだ。ああ、やっぱりこの人はあいつらの事をちゃんと考えてくれていたんだ。 「カカシ先生、あなたの気持ちは分かりました。けれど、俺の意志もそう簡単には曲げられません。」 「そうでしょうね、あなたは俺よりもナルトたちと過ごした時間が多いですもんね。」 カカシさんはそう言ってぐいっとグラスの中身を飲み干した。何故か少しいじけて見えたのは気のせいか? 「まあ、俺が教師になって初めて受け持った子たちですからね、思い入れも人一倍になっちまうんでしょう。だから俺は俺なりにあいつらの力を見極めたいと思います。」 「と、言うと?」 「第一試験はまだ分かりませんが、第2試験は例年と一緒だと思います。」 「ああ、死の森でのサバイバル試験、そうでしょうね。」 「伝令役を買って出ようと思います。そこであいつらを見極めようと思います。ま、伝令役を口寄せする所までいかなければそれすらもできない程あいつらはまだ未熟だったと言うことになりますが。」 カカシ先生はグラスを手に持って傾げている。氷がカラン、と音を立てて砕ける。カカシ先生は片肘を着いて俺をまっすぐに見つめた。 「やりたいことはとことんやってみればいいんじゃないですか?あいつらのことを真剣に思っていればこその行動ですし、誰も文句は言わないし言えやしまんよ。」 そう言ってにこりと笑った。なんか、昔もそんなこと言われたような気がした。ま、気のせいだろうけど。 「ありがとうございます。カカシ先生にそう言ってもらえると少しほっとしました。」 「はは、イルカ先生はお上手ですね。おだてても何も出ませんよ?」 そう言って笑っていたカカシ先生は、やはりどこか寂しげだった。 それからしばらくは世間話をして飲み食いしていたが、そろそろかんばんという時間になって俺たちは腰を上げた。 「あ、そう言えばカカシ先生の家ってこっちでよかったんですか?俺の家はこっちの方向なんでいいんですが。」 言えばカカシ先生は本当に今それに気が付いたと言わんばかりにぽかんとした顔をした。今はもう口布をしているから顔の表情は右目一個でしか分からなくなっていたが、それでも充分に分かるくらいに呆けていた。ちょっと珍しいかもしれない。 「あー、そうですよね。こっちは、そっか、いや、申し訳ない。俺の家はちょっと逆方向なんですがね。ほら、今日はいい月夜ですし、イルカ先生を送ったついでに少し夜風に当たりながら帰ろうかと。」 答えになっているんだかなっていないんだか分からない答えだったが、まあ、カカシ先生がそうしたいのなら別にいいんだけど。 「カカシ先生は月が好きなんですか?」 ゆっくりとした足取りで月明かりの照らす道を歩く。隣を行くカカシ先生はポケットに手を突っ込んで猫背の背中を伸ばして月を見上げた。 「好き、と言うか、ちょっとニュアンスは違いますが、思い出深いと言うか。まあ、月、と言うよりは月夜が、ですね。」 「はあ、そうなんですか。戦忍の友達なんかは月明かりがあると隠密行動がし辛いからあまり月夜は好きではないとぼやいていた奴がいましてね、カカシ先生ほどになるとそういうのは関係なくなっちまうんでしょうね。」 「はは、買いかぶりすぎですよ。俺だって戦場での月明かりは苦手です。でも、里内での月の浮かぶ夜は、ちょっと思い入れがありまして。」 「もしかして、12年前の夜のことですか?あの日の夜は満月でしたしね...。」 九尾の事件の夜を思い出しているのだろうか。あの夜は満月で、身震いするような美しい月明かりの中、恐ろしいまでの凶悪なチャクラをまき散らしながらあの化け物はナルトに封印されたのだ。 「え、あの時って満月だったんですか?」 だがカカシ先生の言葉にそうではないと言うことがうかがい知れた。しかしカカシ先生、その時里にいなかったのか、運がいいのか悪いのか、俺には分からなかった。 「ええ、とても綺麗な月夜でした。あいつが現れなければ、中秋の名月と言わんばかりに月見でもしていたことでしょう。」 俺は少し俯いた。あの事件で俺の両親は英雄となってしまった。カカシ先生の知人もきっと何人かは死んだに違いない。 「すみません、俺、無神経でしたかね、月夜が好きだなんて。」 「いえ、人の感じ方は千差万別ですし、いいと思いますよ。俺も月自体は別に嫌いではないですしね。」 カカシ先生は心持ち少しほっとした様子だった。 「聞いてくれますか?ほんと、ロマンも何もない、いたって普通の出来事だったんですが。」 俺はこくこくと頷いた。カカシ先生はやはり切なげに微笑んで話し始めた。 「月夜のことでした。ずっと大切に思っていた人がいて、その人のことを初めて好きだと自覚した。それが月夜の晩のことで。それ以来、月夜の晩にはその事を思い出しては、ガラにもなくセンチメンタルになりまして。」 さすが恋愛小説好きなだけあるなあ、そんなこと普通考えないだろ?いや、考えるのかなあ?俺、恋愛ってしたことないんだよなあ。ずっと忍びとしてがんばってきて、教師になってからはもっと忙しくなって、でも毎日は充実してたからそういう恋愛事とは遠い所にいた。そう言えば数ヶ月前に同僚のくの一に告白されたっけ。ナルトたちの卒業試験が控えていたし、そんな余裕はなかったからと断ってしまったが。 「カカシ先生、いい男だからきっと両思いになれますよ。」 言えばカカシ先生は立ち止まってしまった。あれ?あ、もしかして何か気に障ること言っちゃったかなあ?いまいちこの人の琴線がどこら辺りなのか分からないんだよなあ。 「あの、カカシ先生?」 振り返って見てみれば、カカシ先生は苦しそうに、切なげに、それでも必死になって、笑っているようだった。口布からでも唇の両端が上がっているのが見て取れる。けれど、どうしてそんな目をして笑っていられるんだ? 「あの、元気出してくださいっ!カカシ先生、すごいいい男なんですからっ!!俺が保証しますって。もう、俺から見てもいい男ですもん。なびかない奴なんかいませんって!!」 言えばカカシ先生はふふ、と笑った。 「ありがとうございます。嬉しいです。」 結局、カカシ先生と俺はそれから話すことなく、俺の家の前まで来て別れた。 数日後、中忍試験の第2試験でナルトたちが見事合格し、俺はカカシ先生の意見が正しかったのを知った。ナルトはもう一人前の忍びだって分かっていたのにな、俺はどうしても心配せずにはいられなかった。中忍試験は死人すら出る過酷なものだから。 |